社長・坂本毅の『バンベン日記』


 

 
2017,08,29, Tuesday 12:23 PM


8月24日(木)

8時に出発。まず「はまゆうワークセンター宗像」に行ってラーモンの打ち合わせ。その後3号線を北九州方面へ。昼食をはさんで12時半に年長者大学校「周望学舎」に到着。

1週間前に行った南小倉アンビシャス広場のすぐ近く。もう10年以上ここの「アジアを知るコース」の講師を担当している。1週間前は小学生が対象だったが、今日は60歳以上のシニアが対象。でも話すことは変わらない。「塩を売って緑を買う男」の話を淡々と進めるだけ。

2時間たっぷりあったので、「あの番組」のVTRも見せた。大爆笑!いつも感じることだが、シニアの方々は反応がいい。気持ちよく話ができる。僕も元気なシニアを目指しているので刺激を受ける。今日も楽しく講座終了。

来年は佐賀なので講師ができるかどうかわからないが、できるだけ受けるようにしたい。

帰りは1週間前と同じく、合馬の山道を通って遠賀川から犬鳴峠へ。景色を堪能しながらドライブを楽しんだ。


| 講演 | 12:23 PM | comments (0) |
comments (0)





2017,08,23, Wednesday 06:16 PM


8月17日
北九州の出前講座から帰ってきて、しばらく休憩。18時半に家族3人で歩いてオルドス家へ。猛暑が続いていたが朝夕は結構涼しい。店ではチビチビビールを飲みながら、羊料理を堪能。健も女性のお客さんに相手してもらったり、上機嫌。

今日は教え子たちがオルドスから来福する。オルドス家の近くのアコードホテルを予約。20時に福岡空港に着く予定が20分遅れ、入国審査も混んでいたため、ホテルに着いたのが22時過ぎ。

22時半からオルドス家で宴会。教え子のノリブとスレゴリン家族4人と西安の社長。オルドスの教え子たちと「オルドス家」で酒を酌み交わす、こんな楽しいことはない。健はスレゴリンの娘たち(15歳と5歳)にぐいぐい行って交際交流。遅いから控えめにしようと思ったがどんどん酒が進む。お店のスチンさんやブヘさんの合流して幸せな一晩を過ごした。

8月18日(金)
今日はオルドスの教え子たちを1日アテンド。10時に空港近くのレンタカー屋さんへ。10人乗りのハイエース。大きい車の運転は苦手。慎重にアコードホテルまで。
オルドスの教え子たちを乗せて高速で門司港まで。ノリブ以外は初めての日本。空気がきれいなのにびっくり。山々に木が生い茂っているのを見てびっくり。ゴミが落ちていないのにびっくり。そして海。

連絡船で下関に上陸。唐戸市場のレストランへ。30分ほど待ったが、何とか座席でゆっくり食べることができた。初めてのフグ刺し、くじらの味は?一応美味しいと言ってくれたが・・・。てんぷらや瓦そばもあったのでお腹いっぱいにはなったようだ。

そして海響館へ。ちょうどイルカとアシカのショーがあっていたのでまずそれを見て、ゆっくり回った。イワシの群れのトンネル、餌付けショー、いろんなフグなど楽しんでくれていたようだ。

そしてまた船で門司港へ。もう16時半。レトロを回る時間もない。本当は福津か志賀島の海も見てほしかったが全然時間がなかった。途中、都市高速の渋滞に巻き込まれ、18時半に博多のコンフォートホテルへ。

僕たちは夜別件があったのでここでお別れ。近くの焼肉屋さんを予約してあげた。肉は大好きな人たちだからこれは満足してもらえると思う。また秋にオルドスで会おう!

| 日記 | 06:16 PM | comments (0) |
comments (0)





2017,08,22, Tuesday 03:18 PM


8月17日(金)

6時起き。押入れから馬頭琴を取り出し、1回弾いて松脂を塗る。プロジェクターがなかった時のことを考えて、A3とA4の写真をバタバタと用意、不揃いだがしょうがない。岩塩も用意。

7時に出発。今日は久々の出前講座。しかしちょっと不安。いつもなら講座の責任者から事前に電話連絡が来て、打ち合わせして講座を実施するが、今回は事前連絡がなかった。きのうこちらから電話したが、不在。人数や対象者や持ち時間などは融通が利くが、駐車場の件やプロジェクターが使えるかどうかは確認しておきたかった。

八木山バイパス、322号線を通って、9時すぐに近くのコンビニで時間調整。スライドの順番を確認。気持ちを落ち着けて、南小倉アンビシャス広場へ。

さっそく悪い予感が的中。駐車場が用意されていない。障がい者用以外は満車。事務所の人に言って、障がい者用の駐車スペースに入れるように言われて、不本意ながら、そこに車を入れた。すぐに別の人から、「障碍者の方が駐車できないので早く出してください。」と言われ慌てて車を移動。少し開いていたスペースに何とか駐車。こちらが悪いわけではないが、何だか罪悪感を感じる。

講座は10時にスタート。小学1年から3年生まで約50人が畳の広場にすっぽり収まった。まずは末永さんの韓国事情。言葉や歌や民族衣装など多彩で子供たちも楽しそう。
続いて僕の番。プロジェクターはやはりなかった。これはある程度予想していたので、出る前に催事で使うA3とA4の写真パネルで対応。しかし6枚程度しかなく満足の行くパフォーマンスはできない。植林のビフォーアフターや岩塩のところでは盛り上がってくれたし、馬頭琴のぎこちない「きらきら星」もインパクトあり。それなりの手ごたえはあった。また一つ応用力が身についた気がした。

休憩をはさんで流しそうめんを子供たちと一緒に頂いた。楽しいく美味しい。なかなかこんな体験はできない。終わりよければすべてよし。最後は気分よく会場を後にした。

帰りは合馬の山道を通って遠賀川から犬鳴峠へ。景色を堪能しながらドライブを楽しんだ。

時々ゲリラ豪湯に合いながら。ウエストカフェで少々作業。18時に帰宅。夜はオルドス家で教え子たちとの再会が控えていた・・・。(つづく)

| 講演 | 03:18 PM | comments (0) |
comments (0)





2017,08,07, Monday 05:19 PM


8月7日(月)
バンベン一家は8月下旬、佐賀県小城市に引っ越すことになりました。その経緯について数回に分けて語ります。
---------------------------------------------
今年に入ってから、妻とよく「バンベン一家の棲家」について話をするようになった。

病気がちの息子、健のためにもっと自然豊かなところに住めないか。
プチ農業をやってみたい。
九州で一極集中が進む福岡市、成長続けるアジアの拠点都市福岡市。確かに住みやすい。だからといってみんなが福岡市に集まってしまうと他の地域はどうするのか。九州の中の地域間格差はなくす方向の流れを作りたい。福岡市から離れ、自然に恵まれた環境で、新たな働き方・生き方を創り出したい・・・。

幸いバンベンの仕事はネットがあればどこでもできる。何のしがらみのない、自由の身、遊牧民みたいにいろんなところを彷徨って生きていくのも面白そう。

ただ健のことを考えると一定の歯止めが必要なのかもしれない。
健が小学生になる前に定住する場所(健が巣立つまでの)を決めよう。僕も妻も転校を繰り返していて、その都度つらい思いをしてきた。そして「自分の故郷」と言い切れる明確な場所がない。健には「自分の故郷」をしっかり持っていてほしい。それまではいろんな可能性を試せる。

あれこれ引っ越し先を考える日々。いろいろ想像するだけでわくわくする。しかし実現するには「資金」という高いハードルが・・・。バンベンのビジネスは少しずつ売上は増えているが超低空飛行。それまでの貯金を少しずつ切り崩してやり繰りしてきた。結婚して共働きになって少し余裕が生まれたが、健が生まれてからは再び出費が増えてきた。飲み事出事を極力減らして無駄な経費を削っているのが現状。引っ越しどころではない。バンベンのビジネスが飛躍的に伸びなければ、引っ越しはできないのか・・・。あと何年かかるだろうか・・・。そうしているうちに健はどんどん大きくなっていく・・・。

そんな時に地域おこし協力隊をやっている人の話が聞けた。地域おこし協力隊の名前は知っていたし、友人も何人か隊員として活動していたが、具体的な業務内容や生活ぶりを聞いたことはなかった。僕としては青年海外協力隊の国内バージョンをイメージしていたが、実際の活動はかなり自由、専門性がなくでもできる、家族で移り住むこともできる。これはいいかも。僕はバンベンの仕事があるので無理だが、妻は子育ての負担が軽くなればできるかも。
ということで3月から妻の「求職活動」が始まった。

現実はそれほど甘くなかった。まず大分の某市の農業関係の協力隊募集に応募。二次面接まで行ったが惜しくも落選。農業に精通した人が受かったようなのでこれは仕方がない。

5月には佐賀の某町の6次産業化関係の協力隊募集に応募。この時は追加書類を求められた挙句に書類審査で落とされてしまった。落選の原因がわからない。学歴?文書能力?家族がいるから?・・・。この時妻は相当落ち込んでいた。

なかなかバンベン一家を受け入れてくれる地域は現れない。そんな時見つけたのが、佐賀県が募集していた「地域ッズサポーター」子育て世代と地域を結ぶコーディネーター。うちも現役の子育て世代。支援してもらいたいくらいだが、逆に言うと子育ての苦労も喜びも共有できる。子育てイベントに使えそうなネタをいろいろ持っている。地域にうまく溶け込むことができればいい活動ができるかも。

微かな希望。妻は張り切って即応募。書類審査を無事突破して7月初旬に佐賀県庁で面接。1週間後に合格通知。任地は小城市との事。家族で祝杯を挙げた。
単なる憧れであったバンベン一家の田舎暮らしが一気に動き出した。(つづく)


| 自分のこと | 05:19 PM | comments (0) |
comments (0)





 

ページ上部へ ↑

カレンダー
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31   
<<前月 2017年08月 次月>>
新しい投稿
コメント
カテゴリー
過去の投稿
その他