社長・坂本毅の『バンベン日記』


 

2011,10,31, Monday 03:00 PM


10月25日(火)

7時にホテルをチェックアウト。ホテルのバスで上海浦東空港へ。

8時には搭乗手続きを終えて、パソコンをいじりながらじっくり10:40発のフライトを待つ。1時間遅れ。11:40に離陸。

いつもなら帰国して家に帰って寝るだけなので遅れても大したことないが、今回は帰国直後に用事がある。

14時過ぎに福岡空港着。ジリジリする思いで入国審査を通過。空港連絡バスと地下鉄を乗り継いで、天神へ。キャリーケースを転がしながら15時前に食業塾の会場に滑り込んだ。

今日は中国との貿易や現地で飲食店を経営する方のお話。後半だけだったが貴重なお話が聴けた。僕も2,3年後内モンゴルとの貿易を考えている。とりあえず名刺交換させていただいた。17時に終了。

カフェでちょっとボッとして18時から101プロジェクト関係者との飲み会。

10月1日のイベントからいくつかアクションの種が出てきた。次につなげるためにどう仕掛けていくか、ビールを飲みながら楽しく話し合った。

10時に終了。みんなそろって2次会へ。そこから歩いて博多駅前3丁目の「オルドス家(アイリ)」へ。モンゴルのお茶など頼まれていたものを渡して、みんなでゆっくり羊料理を味わった。

当然のごとく帰りは0:12の酔いどれ特急「きらめき」。福間駅からは荷物を転がして歩くこと20分。1時過ぎに帰宅。

心地よい疲労感。泥のように眠った。


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2011,10,28, Friday 04:03 PM


10月22日(土)

*前回の続き・・・。

午前中に引き続きひたすら砂桃を植えていく。子供を連れてきた教え子もいて親子で木を植えている姿が微笑ましい。

その後少し周りを歩いてみる。ウランダワ砂漠に比べると緑も多くだいぶ条件がいいようだ。ここでしっかり砂桃植林のモデルを作ってオルドス全体に広げていきたい。

程よく木を植えて植林終了。ノリブの家に戻って近所の牧民に砂桃植林の意義を説明した。皆さんとても興味を持ってくれている。今年の植林がうまくいけば自然と広がっていきそうだ。

近所の牧民が帰った後今度は教え子たちが集まった。何やら話し合いが始まるらしい。まずスヤラトが真剣な顔つきで語り始めた。モンゴル語なのでサッパリわからない。ひたすら演説が続く。他の教え子たちも真剣に聴いている。

10分ほどで話が終わった。ノリブに要訳してもらった。「これまで7年間も先生が遠い日本から友だちを連れてきてオルドスの緑化のために植林を続けている。」「僕らは自分の故郷の砂漠化に対して何も行動に起こすことはなかった。今は30代半ばで家庭も落ち着き金銭的にも余裕が出てきた。先生を見習って同窓生で集まって植林に取り組もう。」

その後、ワンジェラ、エレブゲなど一人ずつ意見を出していった。「まずは来年ウーシン旗で始めよう。」「資金は一口500元から」「いずれはオルドスモンゴル族中学の全ての同窓生にこの活動を広めていこう」・・・。

砂漠化が進むオルドスに住んでいる教え子たちは誰より緑化の重要性を認識している。しかし行動に起こすのはまだまだ先のことだと思っていた。子供のころは貧しく家庭を持ってやっと豊かになり始めた彼らは当分自分たちのことで精一杯だと思っていた。

教え子とともに緑化活動をやっていく、それが理想だが、いつになるかはわからなかった。ただ、それまでに自分がしっかりとした緑化のモデルを作っておきたいと思っていた。だからこれまで13回にわたって行われた植林にも参加を呼び掛けなかった。

今回はなぜか日本人参加者が極端に少なかったので、急遽参加を呼び掛けたところ、多くの教え子が集まり、木を植え、その後自らアクションを起こそうとしている。感動的なシーン。

これまで一人で地道に続けてきた活動が、思ったより早く、教え子にも広がっていく。最後にアドバイスを求められたが、最小限にとどめた。

社会貢献活動を組織的に行っていくことの難しさをよく知っている。彼らはこれからいろんな困難に直面していくかもしれない。来年の植林は結局実現できないかもしれない。来年はできても続かないかもしれない。

だけど今回同窓生同士で植林に参加してその後みんなで熱く語った。このことだけは覚えておいてほしい。その想いがあればいつか行動につなげることができるはず。

ぼくはひたすらできる範囲で僕の植林を続けて彼らの道しるべになっていたい。

話し合いが終わって、充実感いっぱい。これから烈しい宴会が始まるのか、と思いきや、ほとんどの教え子はそそくさと帰っていった。彼らは今が働き盛り。多忙な中、この植林に参加してくれていたようだ。

残ったメンバーでゆっくり夕食。ウーシン旗の街に戻りホテルの部屋でゆっくり日本人参加者を中心にビールを飲みながら、今回の植林活動を振り返った。



| 海外出張・植林 | 04:03 PM | comments (0) |
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2011,10,27, Thursday 06:33 PM


10月22日(土)

7時半起床。昨夜の白酒のダメージはほとんどない。シャワーを浴びて朝食をとって待機。8時半出発の予定が1時間遅れる。これくらいはいつものこと。

曇り空。時々小雨が降るあいにくの天気。でも風もなくそれほど寒くない。教え子の車に分乗して9時半出発、10時前には到着。

いつもはオトク旗からウランダワ砂漠まで1時間半はかかっていたのでこれは便利。

早速植林に取り掛かる。それぞれ砂桃の苗の束を持ってノリブ実家裏に広がる砂地へ。

ここだけでも60ヘクタールある。近所の砂漠化した土地を合わせると600ヘクタール。ここを砂桃の一大産地にして砂漠緑化と生活の向上の両立というモデルを作るのが目的。

すでにアルバイトの農民が植えたシャーハオ(灌木)の間に砂桃を植えていく。

僕はいつものように少し植えたらカメラマンに徹する。教え子同士が同窓会のように楽しそうに語りながら木を植えている。日本&フィリピン組も慣れない手つきながら丁寧に植えている。とても絵になる。

地元テレビ局の記者が来ていたので取材を受ける。そうこうしているうちに午前中の植林が終了。

最後に記念撮影。故齋藤氏のプレートもしっかりカメラに収めた。このプレートはノリブの実家で預かってもらい、植林の時に持っていき故齋藤氏にいつまでもバンベン植林事業を見守ってほしい。

ノリブの家に行って昼食。これが長い。前菜が出てきて白酒が振る舞われて・・・。

途中中断して近所の牧民が用意してくれた馬に乗る。貴州組は初めての乗馬ということでとても楽しそう。教え子たちの乗馬の腕前はイマイチ。子供のころはよく乗っていたらしいが、その後ずっと街で生活をしているので乗る機会がなかったらしい。

15時過ぎにやっとメインの羊の丸煮が登場。塩が効いていてとても美味い。しばらくゆっくりしてまた植林に向かった。


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2011,10,26, Wednesday 07:31 PM


10月21日(金)

6時起床。6時半チェックアウト。タクシーに乗って首都空港まで。

小規模航空会社が利用する第1ターミナルへ。久しぶりの光景。20年前はこの小さなターミナルしかなく。左側が国内線、右側が国際線。それぞれ8つくらいの搭乗口しかなかった。当時はよく飛行機が遅れていた。3時間以上遅れた時に出てくるお弁当をよく食べた記憶がある。すべてがのんびりしていた気がする。今は第3ターミナルまであって巨大で近代的な空港になっている。

8:40定時に離陸。10時に楡林に着いた。空港では教え子のノリブと日本人留学生のM氏が待っていて、そのまま彼の車で楡林学院へ。しばらく打合せをして昼食を食べて13時に出発。1本道を北上。15時前にウーシン旗賓館に到着。全てがスムーズ。

これまでずっとオトク旗ウランダワ砂漠で植林をやっていたが今回は第2の植林地であるウーシン旗のノリブの実家の砂漠化した地で砂桃を植える。

16時に貴州組(日本人1人、フィリピン人1人)が到着。今回の外国人参加者は日本人3人フィリピン人1人ととても少ない。ちょっとさびしい感じがするので急遽教え子に呼び掛けたところ20人ほどが参加を表明してくれた。これはこれで楽しい植林になりそうだ。

19時から懇親会。街の郊外にあるモンゴルゲルのレストランへ。20数人で一つのテーブルを囲む。見渡すと半分くらいは17年ぶりの再会。つまりオルドスモンゴル族中学で日本語を教えていた時以来の再会。なんだかしみじみとしてくる。

僕が少し話をして宴会開始。今宵の白酒は52度。教え子一人一人を酒を酌み交わすとフラフラになる。その後歌合戦。オルドス民謡が続く。

そして最後は「北国の春」これは僕が初めて教えた日本の歌。みんなさびの部分は覚えてくれている。あの頃の風景がよみがえる。

日付が変わる頃終了。車に乗る前に吐いたところまでは覚えている。懐かしく烈しい一夜が終わった。



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2011,10,24, Monday 10:04 PM


10月20日(木)

北京2日目。モヤッと霧がかかった1日。気温は福岡とそれほど変わらない。

昼は中国人の友人と食事。けっこうビールを飲んだので一旦ホテルに戻って昼寝。

18時前にモンゴル岩塩30袋を担いで三元橋まで荷物もあるのでタクシーでサッと行きたかったが、最近北京ではタクシーがなかなかつかまらない。ラッシュアワーなのでなおさら。

すぐあきらめて地下鉄へ。いいタイミングで電車が来たが超満員。身体をねじりながら汗だくになって三元橋まで。そこから歩いて5分のところにあるラウンジ「ASAKO」へ。

18時半。ギリギリセーフ。今日は北京和僑会の恒例の三木会に参加する。今日は中国進出で目覚ましい活躍を続ける「味千ラーメン」のS氏講演。さすがに参加者が多い。ギュウギュウ詰めの状態で。熱気あふれる講演となった。

幾多の困難を乗り越えて今の成功までの道のりを熱く語っていただいた。「志を持って動けば不思議な縁に恵まれる。」「信頼できるパートナーと巡り合えたら最大限パートナーに任せ、自分は自分のできることに集中する」・・・。とても共感できるお話を聞くことができた。

講演終了後は名刺交換タイム。北京で飲食店を経営したり、コンサルタントをやったり、自力で踏ん張って生きている人が多いので、話していてとても気持ちがいい。福岡で参加しているSINKaやイコー会のメンバーと共通するものを感じる。

そして汗をかきかき運んできたモンゴル岩塩は本日も完売。スッキリ。

22時ごろお開き。僕は飲み仲間のM氏やT氏とカラオケへ。ここのママさんは以前T氏の経営している日本食レストラン「一心」で働いた経験がある。中国の田舎から出てきてサービスも何も知らなかった19歳の少女が「一心」での経験を通し、成長してきた話は感動もの。本物の日中交流は日々現場で行われている。

楽しく歌って語っていたらあっという間に2時過ぎ。さすがにこの時間になるとタクシーが余っている。サクッとタクシーでホテルまでシャワーを浴びて就寝。

明日は朝の便でオルドス。ちゃんと目覚めることができるか・・・。



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