社長・坂本毅の『バンベン日記』


 

2019,06,13, Thursday 05:00 PM


1992年9月ようやくボクの家が完成した。場所は校舎の北側、生徒たちの寮の隣。若手の先生数人と生徒たちが手伝ってくれたので引越しはあっという間に終わった。

レンガ造りで外門があり、中庭もある。平屋の建屋は2つに分かれていて奥が僕の部屋、手前が若手の先生、クマさんの部屋だった。

僕の部屋の広さは8畳くらい、校舎のときより心持広くなった。台所・シャワー・トイレはない。水道もない。基本的な条件は何も変わっていない。まあ、食堂や水場が近いので少しだけ便利になった。

それと働く場所と寝る場所が別々になったので、プライベートは保てるようになった。これは大きい。今後は夜自習の時間に息を潜めて過ごす必要もなくなった。

僕の部屋にはお湯を循環させる暖房(暖器)があった。そして暖器のお湯を沸かすのは隣のクマさんの仕事。隣の部屋には石炭を汲む炉があって、石炭を燃やすことによってボクの部屋もあったまる仕組みだ。

クマさんは人付き合いがよく友だちも多い。「気は優しくて力持ち」そんな雰囲気を持っている。ボクとも気さくに接してくれた。暖器のこと以外にもいろいろ世話を焼いてくれて、とても助かっていた。

ただ彼は酒が大好き。夜よく酒を飲みに出かけていたようだ。帰りはだいたい深夜になる。冬、彼が酒を飲みに行くとき、だいたい石炭を汲んで出かけるのだが、何度かそれを忘れるときがあった。

ある日の夕方、2,3人の男が彼の部屋に来てしばらく話していただが、そのうち一緒に出て行ったようだ。その時点で暖器はほとんど温もりを失っていた。部屋の中はかなり寒かったが、そのうち帰ってくるだろうとダウンジャケットを着て本を読んでいた。

夜10時になっても帰ってこない。部屋はますます寒くなる。外はマイナス10数度くらいか。入り口のドアや窓の隙間から容赦なく冷気が流れ込む。悪い予感。12時。電熱器でお湯を沸かし、それを飲んで暖をとっていた。いつもは寝る時間だが、これでは寒くて眠れない。ひたすら本を読みながらクマさんの帰りを待った。

そして深夜1時。部屋の温度は限りなく外に近くなっていた。クマさんは一向に帰ってくる気配はない。こうなったら、寝るしかない。意を決してまず靴下を2重に履いて、ズボン下も重ねてはいた。上はシャツにカシミアのセーター、マフラーを耳元に巻き付け、仕上げはダウンジャケット。その状態で「オルドスバイチュウ」グイッと煽り布団をかぶって眠りについた。

ほっぺたが冷たい。布団の隙間から冷気が体に巻きついてくる。もしかしたらこのまま凍死してしまうかも。しかし、60度のオルドスバイチュウの威力は絶大で次第に思考がなくなり、いつのまにか眠りについていた。

次の日の朝6時。起きてみると部屋には暖かさが戻っていた。暖器は熱くて触れないほどガンガン効いている。隣からは鼾が聞こえてくる。怒りに行きたかったが、眠気が勝っていた。いつも寝るときのトレーナー姿に着替えなおし、もう一度暖かい布団に入り込んだ。

昼前にクマさんがボクの部屋に来た。「ごめんごめん。昨日は幼馴染が訪ねてきて、ちょっとだけのつもりで飲みに行ったが、ついつい酒が進んで部屋に戻った時にはもう4時を回ってしまった。今度から気をつけるよ。」と屈託のない笑顔。

クマさんは人付き合いがいい。友だちがたくさん彼の部屋を訪れる。夜だとたいていその後、外に出かけるか、その場で酒盛りが始まる。ボクも時々誘われた。楽しめることもあったが、だいたいは酒はたくさん飲まされるし、それ以外のときはモンゴル語でしゃべりあうのでボクは蚊帳の外。つまらなくなり先に引き上げるというパターンが多かった。

時々、彼らの酒盛りは深夜まで続く。隣で寝ていると、大声で騒ぎ歌い、まさにドンチャン騒ぎ、当然寝られない。寝られないだけじゃなく徐々に自分が惨めになってくる。隣がにぎやかになればなるほど、一人さびしく異国の地で眠りに着くボク自身が情けなく思えて、いたたまれなくなるのだった。校舎に住んでいたときのあの静けさが懐かしくもあった。

明け方まで酒盛りが続いた日、ボクは思い切って彼に言った。「昨日はぜんぜん眠れなかった。それだけじゃない。ボクはとてもさびしくなった。外国で1人で暮らしてみるとわかると思うが、となりでドンチャン騒ぎ、こちらは一人ぼっち。こんな状態が一晩続くと、とてもやりきれなくなる。」彼は「それなら僕の部屋で一緒に飲もう。さびしくなくなるから」「そんな問題じゃない。とにかく12時以降は部屋で飲まないでくれ。飲むんだったら外で何時まででもやってくれ。ただし石炭は汲んでからね。」彼は快く承諾してくれた。それからしばらく彼の部屋での酒盛りは少なくなった。あっても12時までには収束していた。

しかしある晩、12時を過ぎても酒盛りが続いていた。クマさんは必死に友人たちを帰そうとしているようだが、客のほうはもう酔いが回って、帰ろうとしない。一応、クマさんも努力したみたいだし、仕方ない。と思おうとしたがやはり眠れない。だんだん空しくなる。2時を回って、クマさんももう開き直って大声で歌っている。

こちらは居ても立ってもいられず、思わず外に飛び出した。隣にわかるように外門を思いっきり蹴った。とりあえずグランドまで行ったが、真冬の真夜中。寒さがずっしり凍みる。誰もいないグラウンドを息が切れるまで走った。

そしてグラウンドの真ん中で、仰向けに大の字になって倒れた。星がとてもきれい。流れ星も見えた。壮大なプラネタリウムの中に一人居るようで爽快だった。が、すぐに寒さがボクを現実に引きずり戻した。

「なんで、もっと大らかになれないんだろう。酒が唯一の娯楽ともいえるクマさんもボクの隣に住むことになったばかりに酒を飲むのも気を使わなければならないのだ。たまに眠れなくてもいいじゃない。むしろ、あんな中でも眠れるぐらいにならなきゃ。」必死にそう考えてみたが、目からは涙がこぼれていた。どこにも行き場はなかった。とぼとぼと部屋に戻った。

翌朝、10時ごろ起きた。その日の授業は昼からだ。コーヒーでゆっくり目を覚まし、外の公衆トイレでしゃがんでいたら、クマさんがやってきて隣に座った。「昨日は本当に済まなかった。12時になって友だちを帰そうとしたが、聞かないんだ。きのう外に行っただろう。音がして心配したけど戻ってきてほっとしたよ。これからは絶対夜遅くまで部屋で飲まないことにするよ」「ボクも隣で騒いでいるくらいで外にとび出したりして子供みたいだった。でもあの時は本当にああするしかないくらい寂しかった。これから修行しなきゃね。」

その後も、隣のクマさんとはいろいろ衝突があった。そしてよく一緒に酒も飲んだ。隣の人とうまくやっていくのは難しい。でも今ではこんなに心の狭いボクの隣に住んでくれたクマさんに感謝している。

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