社長・坂本毅の『バンベン日記』


 

2019,05,27, Monday 05:12 PM


冬休みは学校の食堂も閉まっているので、当初ボクは学校の外で食事をしていた。そのうち学校の敷地内に住んでいる先生たちが「それでは不便だろう」と代わるがわるボクを家に招いてくれるようになった。一日に一軒、毎日昼と夜、食事をご馳走になる。といってもほとんどは今まで話したことのない先生方ばかり。どう交流していけばいいか、お互いに手探り状態。

ある日の11時頃、ボクの部屋のドアをたたく音。開けてみると8歳くらいの女の子が立っていた。色白で赤い頬っぺた、アルプスの少女ハイジを思い出す。「あなた日本人でしょう。パパが呼んでるから来て。」ボクはハイジに手を引かれてその先生のうちへ。

ほとんど共通の話題がない中、まずはハイジが話題を提供してくれる。「これは日本語でなんて言うの?」「ハシ」、「ハシ?」「それじゃ、橋だよ。そうじゃなくて、ハシ」「ハシね」「うまいうまい。ボクの生徒より発音がいいな」「だってパパ、あたし日本に行こうかな」しばらく和やかな会話が続く。ハイジは完璧に自分の役割を果たした。しかしやがて日本語に飽きたのか、部屋に引っ込んでしまった。

子供は何にでも興味を持つが飽きっぽい。さて、次の話題が見つからない。ただ静かにバイチュウを飲む。とにかくひっきりなしに順番に杯を挙げる。目で合図して、お互いの友情を確かめるために、飲み干す。そして苦しい顔を笑顔で押し殺して、つまみを口に放り込んで、ぎこちない会話をし、話が詰まると、また杯を挙げる。

自分がもっと魅力的で会話上手だったら、こんなに酒を飲まなくても楽しめるはずだ。ボクには酒の魔力を使うしか術がなかった。しかし、これは確実に効く魔力。徐々にお互いに気持ちがほぐれ、愉快な気分になる。どうでもいいことを一生懸命に語り合い、納得し合う。3時ごろまで宴が続き、また、ハイジに手を引かれて部屋に戻る。そのまま、ベッドに倒れこむ。

午後6時、また、ドアをノックする音。まだアルコールが抜けていない。頭が重い。もう昼に散々友情を確かめ合ったから、もういいじゃないか。断ろう。ドアを開けるなり「ちょっと熱があるみたいなんだけど・・・。」とおでこに手を当ててアピールしてみるが、ハイジは「大丈夫よ。こうすれば直るから。」と軽くお呪い。呆気にとられ怯んでいる間にまたボクの手を引いて先生のうちへ。

ハイジはあくまでも自分の役割を淡々とこなしていく。まるで仮病がバレてバツの悪い子供のように手を引かれるボク。夜は他に若い夫婦3組も来ていてもっぱら、ホームパーティー。
もう、話題を探す必要はない。昼の続きのように最初からハイな状態で歌を歌ったり、踊ったり。そこの客間はせいぜい8畳くらいしかない。そこにソファーとテーブルがある。それを端によけて、社交ダンスが始まる。猫の額ほどのスペースで3,4組がペアになって踊っているのだ。肩が触れ合うどころではない。お尻がぶつかる。足が絡まる。テーブルを蹴飛ばす。その度に大笑い。疲れたらソファーに座って酒を酌み交わす。歌のうまい人が歌い出せば、また、それに合わせて踊りだす。何の憂いも迷いもない。ひたすら楽しい時間が夜更けまで続いた。

次の日、ふと目を覚ますといつの間にか自分の部屋。しかももう朝の11時を回っていた。そしてまた、ノックの音。今日は別の先生の番。果たしてどんな持て成しが待っているのか・・・。 

この冬の荒修行でボクは確実に酒が強くなっていた。キャップ1杯で倒れていたのが、1日1本飲めるようになっていた。そしてオルドスで生活するうえでもうひとつ欠かせないのが羊。毎回惜しげもなく振舞われる羊料理。はじめは苦手だった。臭いがだめだ。北京で食べた羊はその臭いを消すために様々なスパイスが加えられていたのであまり気にならなかった。ここオルドスの羊は何の工夫もない。ただぶつ切りの羊を塩茹でにするだけ。食べても味がない。口元からモワッとした羊の臭いが漏れるのみだ。しかし、人間とは最も慣性のある動物だと誰かが言っていたとおり、毎日、それを食べ続けることによって、それを食べなければ生きていけないと本能が悟る。

この冬のある時点を境にボクは羊が大好きになっていた。特に寒暖の差が激しく、砂漠の中、広い範囲を歩き回り、乾いた草を食んでいる身の引き締まったオルドスの羊が一番だ。その骨付き肉を手掴みで食べるのがいい。余計な細工はいらない。塩茹でが一番シンプルで一番贅沢な調理方法に思えてくる。新鮮で素朴な肉の臭いが食欲をかき立てる。頬張った時の歯ごたえ、肉汁が口の中で飛び散るときの感覚、噛み締めるほどにほのかに味がする。これこそ羊そのものの味。スパイスを効かせ味をごまかすのはもったいない気すらする。

この冬の修行でオルドスの人と交流する術も少しだけ習得できた。しかし、これは相手がいること。簡単にはいかない。自分だけが修行しても効果はない。今思うと、この学校の先生たちもボクとどういう付き合い方をしたらいいか、戸惑っていたようだ。ボク自身もそれまでは正直言って、生徒だけを相手に活動していたような気がする。これからは、先生方ともうまくやっていけるんじゃないか、そういう気になってきた。

そして、バイチュウで脳ミソがとろけてしまったのか、何でも受け入れられそうな気になった。例えば住むところ。僕のために家を用意してくれると言っていたのに、いつまで経っても校舎の中。でももうそれに慣れてしまった。家を建てるのは費用がかかる。学校にはそんなに金はないし、2年間という期限付きなのだからずっと校舎に住んでやろうと思えるようになっていた。部屋は狭いが片付けは楽。トイレ掃除も必要ない。

生徒の教科書が来なくても焦る必要はない。下手な字で書いた自作のプリントを使ってもボクより上手に字を書く生徒がたくさんいる。工夫次第で独創的な授業をすることもできる。それに教科書は有料だから、その分生徒の経済的負担を減らすことにもなる。そう思えるようになった。

1ヵ月半の冬休み。使い道は本人次第。同じボランティア仲間と広い中国を旅行したほうが面白かったかもしれない。でもボクは一冬をオルドスで過ごした。先生方やその家族のほのぼのとした持て成しに甘えながら、知らず知らずのうちにこの地を「第二の故郷」と呼ぶための土台を作っていった。

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