社長・坂本毅の『バンベン日記』


 

2019,04,15, Monday 04:49 PM


【原点回帰・オルドスの風】
~「塩を売って緑を買う男」の始まりの物語~
新年度が始まり、オルドスでも小城でも新しい取り組みがいよいよ本格的にスタートします。

しかし今年度のテーマは「原点回帰」。28年前に青年海外協力隊でオルドスに派遣されたことで人生が劇的に方向転換し、今に至っています。もう一度初心に立ち返るためにオルドスでの3年間を振り返ろうと思います。

全40回、長編小説並みの長さになりますが、お時間のある時にお付き合いいただけたらと思います。よろしくお願いします!


第1回:オルドスへ
1991年夏、中国内モンゴル自治区。

ボクは夜行列車で15時間。北京から内モンゴルの首府フフホトへ。そこから1台のジープに乗り込み、オルドスを目指す。
右手に岩肌がむき出しになった陰山山脈、左手には一面のひまわり畑、バス・トラクター・馬車・自転車などが混在して走るまっすぐな国道をひたすら西へ向かっていた。
黄河の中流域、この大河が北側へ大きく凸型に突き出たところがある。その内側が内モンゴル自治区オルドス。北と東西を黄河に囲まれ、南には万里の長城が斜めに走っている。

長城と黄河に囲まれた地、漢民族とモンゴル族など北方騎馬民族がその生存権を争って戦った地、そしてこれからの2年間、ボクがボランティアとして日本語を教えることになる地、それがオルドス。派遣前、このオルドスという地名の響きがとても気に入っていた。オルドスとはモンゴル語で「多くの宮殿が存在する地」を意味し、歴史を調べてみるとそこには神秘的な伝説が隠されていた。

13世紀、かのジンギスカンが馬に乗って、西夏という国へ遠征に向かう途中、このオルドスのすばらしい景色に目を奪われ、思わず鞭を落としてしまった。騎馬民族であるモンゴル人にとって乗馬中に鞭を落とすというようなことは本来ならあってはならない失態。それを不吉に思ったジンギスカンは「この遠征で、私にもしものことがあれば、美しいこの地に埋めてほしい。」と家臣に言った。その後、西夏との戦いには勝ったが、ジンギスカンはそこで病にかかり、そのまま死んでしまった。家臣たちは密かにジンギスカンの遺体を彼が鞭を落とした地に運び、しばらく安置した。数日後、ジンギスカンの遺体は彼の故郷であるモンゴルの北部に運ばれたが、彼が鞭を落とした地は聖地として崇められ、その聖地を守るために数名の家臣を「墓守」として残したのである。現在その地には「ジンギスカン陵」があり、年間を通して様々な祭事が執り行なわれている。

ボクはこのボランティアに参加するために、2度の試験を突破し、日本で3ヵ月、北京で1ヶ月の語学を中心とした訓練を乗り切ってやっと赴任にこぎつけたのだ。できればこのオルドスを第2のふるさとと呼べるようにしたい。歴史的背景は申し分ない。後はそこの人や風景が愛せるものかどうか。ジンギスカンが見惚れて鞭を落とすくらいだからきっとすばらしい大草原が広がっているに違いない。そして美しい風景の中で育った人々は心も穏やかに違いない。そう信じていた。
ジープは進路を南に変えた。すぐに大きな橋に差し掛かった。「ここは黄河で、この橋を渡るともうオルドスですよ」ジープに同乗していた案内の人が言った。黄色い水を悠々と湛えた黄河の景色を食い入るように見ていた。

いよいよ来たか。それからはずっと車窓から景色を見ていた。しかしパッとしない砂漠の風景が続いていた。丘を越えるたびに、「あの丘を越えたらきっと草原が広がっているはずだ。こんな風景にジンギスカンが感動するわけがない。」と思って丘を越えるとやっぱり砂漠。首が痛くなるほど周りを見渡しても大草原はどこにもない。オルドスの中心地でボクが2年間暮らすことになる町「東勝」に着くころには、激しい風雨に晒されているせいか、いたるところで大地が削られ地層がむき出しになっていて、侵食溝が木の枝のように伸びる痛々しい荒涼とした風景に変わっていた。

まるで火星だ。(つづく)



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