社長・坂本毅の『バンベン日記』


 

2017,08,07, Monday 05:19 PM


8月7日(月)
バンベン一家は8月下旬、佐賀県小城市に引っ越すことになりました。その経緯について数回に分けて語ります。
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今年に入ってから、妻とよく「バンベン一家の棲家」について話をするようになった。

病気がちの息子、健のためにもっと自然豊かなところに住めないか。
プチ農業をやってみたい。
九州で一極集中が進む福岡市、成長続けるアジアの拠点都市福岡市。確かに住みやすい。だからといってみんなが福岡市に集まってしまうと他の地域はどうするのか。九州の中の地域間格差はなくす方向の流れを作りたい。福岡市から離れ、自然に恵まれた環境で、新たな働き方・生き方を創り出したい・・・。

幸いバンベンの仕事はネットがあればどこでもできる。何のしがらみのない、自由の身、遊牧民みたいにいろんなところを彷徨って生きていくのも面白そう。

ただ健のことを考えると一定の歯止めが必要なのかもしれない。
健が小学生になる前に定住する場所(健が巣立つまでの)を決めよう。僕も妻も転校を繰り返していて、その都度つらい思いをしてきた。そして「自分の故郷」と言い切れる明確な場所がない。健には「自分の故郷」をしっかり持っていてほしい。それまではいろんな可能性を試せる。

あれこれ引っ越し先を考える日々。いろいろ想像するだけでわくわくする。しかし実現するには「資金」という高いハードルが・・・。バンベンのビジネスは少しずつ売上は増えているが超低空飛行。それまでの貯金を少しずつ切り崩してやり繰りしてきた。結婚して共働きになって少し余裕が生まれたが、健が生まれてからは再び出費が増えてきた。飲み事出事を極力減らして無駄な経費を削っているのが現状。引っ越しどころではない。バンベンのビジネスが飛躍的に伸びなければ、引っ越しはできないのか・・・。あと何年かかるだろうか・・・。そうしているうちに健はどんどん大きくなっていく・・・。

そんな時に地域おこし協力隊をやっている人の話が聞けた。地域おこし協力隊の名前は知っていたし、友人も何人か隊員として活動していたが、具体的な業務内容や生活ぶりを聞いたことはなかった。僕としては青年海外協力隊の国内バージョンをイメージしていたが、実際の活動はかなり自由、専門性がなくでもできる、家族で移り住むこともできる。これはいいかも。僕はバンベンの仕事があるので無理だが、妻は子育ての負担が軽くなればできるかも。
ということで3月から妻の「求職活動」が始まった。

現実はそれほど甘くなかった。まず大分の某市の農業関係の協力隊募集に応募。二次面接まで行ったが惜しくも落選。農業に精通した人が受かったようなのでこれは仕方がない。

5月には佐賀の某町の6次産業化関係の協力隊募集に応募。この時は追加書類を求められた挙句に書類審査で落とされてしまった。落選の原因がわからない。学歴?文書能力?家族がいるから?・・・。この時妻は相当落ち込んでいた。

なかなかバンベン一家を受け入れてくれる地域は現れない。そんな時見つけたのが、佐賀県が募集していた「地域ッズサポーター」子育て世代と地域を結ぶコーディネーター。うちも現役の子育て世代。支援してもらいたいくらいだが、逆に言うと子育ての苦労も喜びも共有できる。子育てイベントに使えそうなネタをいろいろ持っている。地域にうまく溶け込むことができればいい活動ができるかも。

微かな希望。妻は張り切って即応募。書類審査を無事突破して7月初旬に佐賀県庁で面接。1週間後に合格通知。任地は小城市との事。家族で祝杯を挙げた。
単なる憧れであったバンベン一家の田舎暮らしが一気に動き出した。(つづく)


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