社長・坂本毅の『バンベン日記』


 

 
2019,05,19, Sunday 01:40 PM



赴任のときに校長が言っていた「ボクの家」は全く建つ気配がない。生徒用の教科書も買う気がないようだ。ここで言う「2、3ヶ月で用意する」というのは日本の「前向きに検討する」というのといっしょで「やらない」ということだと悟った。日本語などどうでもいい、とにかくボクを無事に日本に帰すことだけを考える学校側の態度に強い不満を持っていた。

中間テストの時期、日本語もテストをやるのか教務主任に聞きに行ったことがある。「もちろんだ。」と言っておもむろにカレンダーを見て「13日の午後にしよう」と言ってくれた。それまでちょうど1週間しかない。次の日さっそく試験のことを生徒に伝えた。生徒たちにとっては始めての外国語の試験。日頃まじめにやっている生徒がいい点を取れるようにしたい。

試験3日前にガリ版で試験問題を書き終え、印刷室に持っていったらちょうど印刷を担当しているおばさんが中間試験の日程を印刷していた。1枚もらって見てみると13日は午前が漢語、午後がモンゴル語になっていた。日本語がどこにもなかった。急いで教務室に言って主任に正してみると、「じゃ日本語は12日の午後にしよう」とあっけらかんと言ってきた。本当に人を馬鹿にしていると思ったが、笑顔で「それでお願いします」と言って帰った。本当に12日の午後にテストができるのか、不安が残る。心配しても仕方がない。どうせ日本語は必修科目ではないのだからと割り切り気楽にやっていくしかない。そして、これからはこの主任とも連絡を密にしないといけないと思った。

12日の朝、念のために試験のことを確認に行くと何の手配もしていない。それどころか「日本語の試験は13日の午後だ」といってきた。13日の午後はモンゴル語になっているのに何を考えているのか。第一、生徒には始めに13日の午後と言ったが、3日前に12日の午後になった、と言い直した。だぶん今日に備えて準備をしているに違いない。当日になって13日とか14日になったら、生徒の負担が大きくなる。ボクも教師として面子が丸つぶれだ。結局、なんとかお願いして12日の午後にやることになった。しかし学校側にとってまったく日本語のことが眼中にないことがよくわかった。2クラス同時にやるので、53組をボクが担当、51組は同僚の先生に試験官をお願いして何とか実施にこぎつけた。


昼休み、食事の後部屋で本を読んでいると、51組の教室がやたら騒がしい。「お父さん」「お母さん」「わたしは田中です。」「これは鉛筆です」・・・。いろいろな日本語が聞こえてきた。「お名前は?」なんて言い合っている。そこは出ないから数詞を覚えろ、と言いたくなる。生徒たちは学校側から見放されている日本語、大学入試に関係ない日本語をこんなに真剣にやってくれている。涙が出そうになった。

テストの結果は平均80点を超えていた。

次の学期から日本語のテストは1学期に1回、中間テストと期末テストの間にやることにした。どうせ日本語の点数は生徒の成績には関係ない。また、テストのことで気をもむのはいやだったし、そのほうが生徒の負担を軽減できるから。それより今後どうやって学校側に「日本語」をそして「ボクの活動」を意義のあるものとして認知してもらうか。これはこちらから少しずつ働きかけるしかなさそうだ。


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