社長・坂本毅の『バンベン日記』


 

 
2008,05,15, Thursday 11:23 AM
13日
いつの間にか東京。昼から横浜方面へ。金沢文庫にある食品系の会社にモンゴル岩塩を売り込んだ。とりあえず試しに使ってもらうことになった。

夜は恵比寿で協力隊中国OBのドンH氏と久々に飲んだ。次の日群馬での出前講座があるので、ビールの量を抑えたかったのだが、相変わらず、ビールのペースが加速度的にアップしてしまった。日付が変わる頃上野のホテルに着いた。

14日
朝10時にホテルを出る。外は雨。リュックを背負い、二胡ケースは前にたすき掛け。左手でキャリーバックを引きずり、右手に傘。この状態で上野駅まで10分間、早足で歩き続けた。駅に入ってからも新幹線ホームは遠かった。10:18の列車にぎりぎり間に合った。関に着いた途端、頭から汗がひっきりなしに流れた。昨夜飲んだビールが全部出てきた。そんな状態で教案を見ながらこの日の講座の流れを頭に叩き込んだ。

11時過ぎ高崎駅で下車。駅前に協力隊OGのA(T)氏が車で迎えに来てくれていた。高速と山道を快走すること1時間。高原の森の中に群馬パース大学があった。僕が北京でJICAの調整員をしていた時、看護師隊員だったA(T)氏。彼女が今群馬パース大学の非常勤講師をやっていることが縁で今回ここで出前講座をやることになった。

担当するのは午後の2コマ。1コマ目は看護コースと理学療法コースの学生計100人が対象。写真を見せながらオルドスでの隊員時代のエピソードから現在のバンベン事業まで淡々と語った。眠くなるといけないでの途中。2回ほど二胡タイムを設けた。全然専門と関係のない話だが、みんなけっこう熱心に聞いてくれた。

2コマ目はそのうち30名ほどが残り演習の授業。ちょうどいい人数なので去年大阪外大でやったグループワーク「オルドス事業の今後を考える」をやってみた。全くの専門外だし、時間が短く導入の部分をかなり端折って話し合いをスタートさせたので、どんな感じになるか心配だったが、なかなかいいアイデアが出てきた。大いに参考にさせてもらいたいが、学生たちにとって今回の講座が何か得られるものがあったのだろうか・・・。とえあえずモンゴル岩塩は配ったが・・・。まあちょっとは刺激を与えられたのかもしれない。

その後、A(T)氏と夫で隊員OBのA氏が担当している中国研修生向け日本語コースを見学させてもらった。3週間にわたり1日8時間の日本語の授業を受けた後、近くの工場で研修生として働く予定。日本語ができないと研修や日本での生活に苦労するのでみんな必死に取り組んでいる。しかし1日8時間はきつい。なんとか乗り切って日本で充実した研修生活を過ごしてほしい。

日本に来る留学生の数が10万人を超えて久しいが、研修生の数はその倍以上と言われている。制度上の問題もあり、逃亡や研修手当の着服やコミュニケーション不足によるトラブルなど問題が絶えないが、ほとんどの研修生が人手不足の農村や郊外の工場で黙々と働いて日本の経済を支えてくれている。今後、研修生のことについて真剣に考えていきたい。

夜は高崎駅の近くの居酒屋で3人で「羊の会」。北京での調整員時代。よく羊好きの隊員を集めてモンゴル料理を食べに行ったのが会の始まり。この夜は初代メンバーと久々の「羊の会」。羊はなかったが、遅くまでゆっくり話ができた。楽しかった。

写真はHPのオルドス写真館まで。



| 日記 | 11:23 AM | comments (0) |
comments (0)





 

ページ上部へ ↑

カレンダー
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31    
<<前月 2019年07月 次月>>
新しい投稿
コメント
カテゴリー
過去の投稿
その他