社長・坂本毅の『バンベン日記』


 

2017,10,20, Friday 03:36 PM


10月17日(火)

日曜から降り続いた雨は何とか止んだ。小城に引っ越してノンストップで突っ走ってきたバンベン一家もここで一息。ゆっくり家族旅行へ。

朝はゆっくり目に起きて9時半出発。小城から古湯温泉、七山、唐津虹ノ松原を通って、山の景色、海の景色を堪能しながら波戸岬へ。国民宿舎で海鮮と佐賀牛に舌鼓。

浜辺のほうでサザエとアワビの網焼きをいただいて砂浜を歩く。強風のせいもあるが健は今にも泣きだしそう。正月の平戸旅行の時もそうだったが、健は海が怖いようだ。

気を取り直して玄海海中展望塔へ。海中では360度鯛だらけ。何百匹?窓のそばをひたすら漂っている。餌付けでもされているのだろうか。

次は名護屋城跡へ。何度来ても気持ちのいいところ。天守閣跡までゆっくり歩いて絶景を楽しむ。なぜか猫と記念撮影。もっとじっくり回りたかったが、時間切れ。今回はゆっくりすることが目的なので、また今度。

続いて、本日の宿。いろは島国民休暇村へ。ちょっと古いがリーズナブル。まずは温泉へ。重曹泉で肌つるつる。18時から夕食。平日だけど結構にぎわっている。僕ら以外はほぼシニア。

夕食後は部屋でまったり。もう一度温泉に入ってビールタイム。健を寝かせ付けてもう一度2人で飲もうと思っていたが、3人で朝まで爆睡。おかげでリフレッシュできた。


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2017,10,18, Wednesday 04:58 PM


10月14日(土)

前日ナフコへ。植えたかったニラやレモングラスはなかったが、ニンニク、パクチー、サヤエンドウの苗と高菜の種を購入。

朝、健を保育園に送って鍋島家tenの菜園へ。5列のうち2列はマルチを張ってパクチーとサヤエンドウを植えた。そしてマルチなしの畝にはニンニク、高菜、パクチーの残りを植えた。

除草や畝つくりに比べたら楽で楽しい作業。相変わらず蚊の襲撃に遭うが作業に集中すると気にならなくなる。あっという間に終了。

とにかく枯らさないで収穫することがとりあえずの目標。これからちょくちょく菜園に顔を出して野菜たちの成長を楽しみたい。

その後、健を迎えに行って家で休憩。そして家族3人で近くのドゥイング三日月へ。14時から「2つの巨星・善蔵と与四右衛門」の上映会に参加した。

玉屋の創始者で商売の道を歩み始めた田中丸善蔵14歳と肥前砥川石工の天才棟梁・平川与四右衛門が、内砥川八幡神社の不思議な力を得て時空を超え遭遇。そんなふたりが、牛津の現在と過去を行き来するスペクタクルロマン。

監督・スタッフ・キャストもオール牛津で作られた映画。ストーリーも面白く、役者も素人ながら迫真の演技。牛津の歴史が学べて、なかなか良かった。何より郷土愛が感じられた。健もお利口さんにじっと見ていた。

夕食を済ませて、雨の中、3人で車で石体公民館へ。19時からの石体太鼓の練習を見学。中学生からお年寄りまで7名が練習していた。

元々僕は妻の地域おこし協力隊の取材の仕事についていっただけだが、なぜか練習にフル参加。基本練習が中心なので何とかついていける。

50歳を迎えて以来ストレス解消とボケ防止のために打楽器をやりたいと思っていた。消音ドラムセットの購入も検討していたが、資金とスペースの問題でとん挫。テレビゲームの太鼓で我慢していた。思わぬところで本物の太鼓を思いっきりたたく機会が転がり込んだ。

やっぱり気持ちいい。快感。そしてもう少しうまくたたけるようになりたいと思うようになる。健もいろんな太鼓をたたかせてもらい大満足。今後も練習に来ていいとの事。小城での楽しみがまた一つ増えた。

それにしても菜園といい、太鼓といいやりたいことがこんなにスムーズに実現できているのが不思議でならない。これからもいろんなやりたいことが実現できそうな予感。


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2017,10,13, Friday 05:11 PM


10月8日(日)
前日のヤブガラシとの戦いで疲労困憊。9時に起きてバタバタ準備して菜園についたのが、11時。この日の最高気温は31度。10月とは思えない暑さ。じりじりと照りつく日差し。午後から用事があるので、30分ほどヤブガラシの根っこを取って終了。

10月9日(月)
体育の日。ちょっと体力が回復。9時に菜園へ。ヤブガラシの根っこ駆除はキリがないので、畝づくりに取り掛かる。まずは僕が鍬を持って、妻は健を隣の公園に連れていく。畑は蚊がいっぱいいるので健はそこでは遊ばせられない。5列の畝を作りたい。畝づくりはやったことがないが、適当に鍬で土を掘って寄せて掘って寄せてとやっていたら、それっぽくなっていった。2列目の途中で妻とバトンタッチ。小城公園のグラウンドとその隣の子供広場を日陰を選んで遊びながらゆっくり往復。菜園に戻ってきたとき妻は3列目の途中。この日も30度越え&強い日差し。5列仕上げたかったが熱中症のリスクもあるので、断念。僕が3列目を仕上げて、12時前に終了。

10月12日(木)
10時に鹿児島の松山社長にお願いしていた有機肥料「夢ゆうき21」が届いた。これはオルドスの植林地でも導入を考えているもの。日本でも自分でも使ってみなければ。午後から雨で当分雨が続くということなので、急いで菜園へ。とりあえず「夢ゆうき21」と一緒に送っていただいた土壌改良剤を撒いた。同じく菜園の畝を作り直していた古川さんにニンジンをいただいた。

午後雨は降ってこない。仕事を途中で切り上げ、一人菜園へ。残り2列の畝を仕上げて、肥料を土になじませて終了。この日は曇り空。気温も高くなく作業しやすかった。でも蚊が一斉に襲い掛かってきた。何か所刺されたかわからないが集中して作業していたら、痒さも忘れていく。何とか畝づくり終了。20日から土用入りだし、その前に植えてしまいたい。ニンニク、ニラ、パクチー・・・。何を植えるか楽しみだ。


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2017,10,10, Tuesday 05:10 PM


10月7日(土)晴れ 

家庭菜園を始める日。健を保育園に預けて、妻と小城鍋島家tenへ。裏庭の家庭菜園を1区画(5×5m)お借りすることに。
そして早速除草。ヤブガラシが畑一面を覆っている。かなり手ごわい雑草との事。除草剤は使わず、鍬と鋤でヤブガラシに挑む。
雨上がりで土が軟らかいので比較的抜きやすいが、結構しぶとい。30分も鍬を持っていると汗が噴き出る。握力がなくなる。給水、休憩を挟みながら少しずつ進めていく。

10月とは思えない日差しと戦いながら、蚊に刺されながら、ヤブガラシを駆逐していく。最後は近所のおばさんにも手伝っていただき、昼過ぎに終了。運搬用一輪車10台分のヤブガラシを葬った。

表面はだいぶ畑らしくなってきたが土の中にはまだヤブガラシの根っこがいっぱい。午後からも作業したかったが、体力も気力も残っていなかった。たった3時間くらいで情けないが、まだまだ始まったばかり。

ゆくゆくは「半農半塩」「1農9塩?」というところまで持っていきたい。雑餉隈の庭付きのマンションにいた頃、張り切って始めた家庭菜園。ラピュタファームで買ったブルーベリーの苗木2本、速攻で枯れた。プチトマト、ナス、ヘチマも収穫は数個ずつ。栽培オンチのバンベン一家が?どうなることやら・・・。

今日はここまで、ということでそのまま小城鍋島家tenさんで昼食。美味しいランチが体中に染み渡る。そこにいた進さんに「夜、棚田で踊るから見に来て」と言われ、疲れていたが面白そうなので行くことに。

健を迎えに行って、家でシャワーを浴びて、しばし休憩。16時過ぎに車で出発。

多久市蕨野へ。交流広場に車を止めて、10分ほど棚田を登っていく。そして「蕨野の棚田で月灯りコンサート」会場へ。ライトアップされた石積みの棚田を舞台にしたコンサート。夕暮れ時のこの風景だけでも癒される。

荒木あつ子さんのオカリナ・ケーナ、笹山安雄さんのギター、三ヶ尻真理子のライアー、 進智恵さんのコンテンポラリーダンス、Rieさんのハープ&ピアノ。虫の音や暮れゆく棚田の風景や星明りも一緒になって幻想的なコンサートとなった。農作業で疲れた心身が癒されていく。
健は佐賀大学のボランティア学生さんたちに遊んでもらって大興奮。でもコンサートの間は大人しくしてくれていた。

このコンサートは、美しい棚田の景観を守ってきた蕨野の住民の稲刈り後の慰労と、棚田の保全を支援している方々へ感謝することを目的として行ってきたイベント。また来年も参加したい。そしてここや小城にも残っている棚田の美しい風景を守っていきたいと強く感じた。

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2017,09,29, Friday 04:56 PM


小城での2年半について

7月中旬に小城に行くことが決まり、8月26日に引っ越してきたが、オルドス出張などもあり、怒涛の日々が続いた。今週になってやっと落ち着いてきたので、小城での生活をじっくり考えていきたい。

ところで小城って?
小城といえば小城羊羹。確かに有名だが、甘いものが苦手な僕は食べたこともなかった。後は、長崎方面に行くときに通過するだけ。親戚も知人もいない。ほとんど知らない。どうせならそういうところのほうがいいかも。「知らない町」で少しずつ自分の居場所を作っていく。人見知りの僕にとってはとてもエネルギーがいることだが、何だかワクワクしてくる。26年前に青年海外協力隊員としてオルドスに派遣された時のことを思い出す。その時はたった一人、半径500キロは日本人いないと言われた。言葉が通じない、生活習慣も気候も全然違う。孤独な日々が続いたが、少しずつ自分の居場所を作って、3年間で「第二の故郷」と思える場所になった。今もつながっている。そのつながりを活かして砂漠緑化事業を進めている。

今回は一人じゃない。言葉が通じる。生活習慣も気候もだいたい一緒。でも油断は禁物。謙虚な気持ちを忘れずに誠実に一歩一歩自分たちの居場所を作っていきたい。「健の故郷」になるかもしれないところだから。

大きな問題が生じなければ妻は地域おこし協力隊として2020年3月まで小城市で活動できる。この2年半で何ができるのか、妻の地域ッズサポーターの活動以外にバンベン一家として出来る事、やりたい事をいろいろ考えてみた。

・バンベン農場(プチ農業から始めてどこまでできるか。野菜、ハーブ、オリーブ、梅など)
・オリジナル小城歩きマップ作成(歩くのが好きだし、自分が住むところは人が歩く町であってほしいから、いろいろ歩いて気持ちよく歩けるコースを独自に作る)
・小城(佐賀)の特産物&モンゴルの塩プロジェクト
・全く新しいスキルを身に着ける(ドローン、打楽器?)
・今まで身に着けていたスキルをもう一度磨く(中国語、テニス、太極拳、二胡など)
・きちんと記録をとる。
・あいさつをする。
・バンベン半生史を完成させる。
・オルドスの緑化事業と小城(佐賀)を結びつけて新しいものを生み出す。
・バンベン売上倍増(安定した緑化資金と家族が普通に生活できるレベルへ)
バンベンの塩、重曹、クエン酸、にがりなどの天然素材と自然農法で作る農産物で付加価値の高い商品を作る。より多くの資金を内モンゴル・オルドスの砂漠緑化に投入する。
「人に美味しい、地球に優しい」商品ブランド化。
塩・農産物単体でも販路を広げる
内モンゴルやモンゴル国での農業を展開する。
商品の地産地消。などなど。

考えるだけでワクワクする。ほとんど実現できないかもしれないが、こういうことを思い続けて行動していると、それなりに道が開けて、思いもよらないことに発展することもある。2年半後どうなっているか楽しみだ。

では2020年4月以降はどうするのか。今は未定。小城に住み続けるか、愛着のある北九州に行くのか、もしかしてオルドス?・・・。いずれにしてもその地域を応援したいと思えるところに住みたい。税金を無駄に使って子や孫に負の遺産を残すことを平気でやっていたり、あきらめムードが漂っていたり・・・。公務員だけが潤っていたり・・・。そんなところには住みたくない。応援したいところを決めてそこに住み着いてしっかり一住民としての役割を果たしていく、そういう一家でありたい。しがらみとか仕方なないからとかなんとなくとか言い訳をせず、一人一人が住むところをしっかり選んでその地域にしっかりかかわっていく、選ばれなかった地域は淘汰されて行く。日本はこういう時代に入っていく。そういう危機感を持たないと、何でもどこでも税金を使ったりしていると、日本全体として徐々に沈んでいってしまう。自立して活気のある地域を作る一助になりたい。

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